「栞。今日も綺麗だ」
バスルームで向かい合って立つ。
私を見る男の瞳は、熱に浮かされたみたいに熱い。
その言葉と、熱い瞳に、身体の力がすっーと抜けていく。
途端に、肌寒さを感じて、ぶるりと震えが走った。
寒さに震えた私を知ってか、男の手からは少しだけ熱めのシャワーがかけられた。
熱いくらいが、気持ちいい……。
室内に熱い湯気が立ち込めて、だんだんと温かくなっていった。
全身が温まったところで、視線を下げると、男のものが変化して見えた。なんとなく気になって、見つめてしまう。
首をもたげる様子は、まるで私を誘っているようなのだ。
むくむくっと、私の中の悪戯心が膨らんでいった。
膝をつくと男の両足の間にちゅっとキスを落とした。
初めは性的な意味合いのない、軽いキス。
「栞、駄目だ。まだ洗っていない」
男は少しだけ後ろに下がる。
駄目、と言われると、もっとしたくなる。ねぇ、そういうものでしょ?
私は口を尖らせて、抗議するように男のものを睨みつけた。
男は余裕のある顔で笑うと、私の頭を押しやった。
ボディーソープをたっぷりとつけ、擦るようにゆっくりゆっくりと時間をかける。泡に包まれたものはちらちらと見え隠れして、私をそそる。
焦らされている。そう思った。
男はこんな時、焦らすのがとてもうまいのだ。
その間、私は男のものに釘付けになってしまう。
男は泡をきれいに洗い流すと、勿体ぶって、くいっと持ち上げた。
「してくれるかな?」
男はおどけた顔で笑った。
期待を込めた瞳が、私を見つめる。
その視線に、私の身体はさらに熱くなる。
返事をする代わりに、角度のついた男のものに口を付けた。
場所を点々と変えながら、キスを落とす。
まるで私は、おもちゃを与えられた子供みたいだ。
ちゅっ、ちゅ、と水音が響くと、それにつられてだんだんと高揚していく。
今度は、私が男を焦らす番だ。
ねっとり、と舌を這わす。一番感じる部分を残すように、行ったり来たり。付け根からくびれにかけ、ゆっくりと優しく舐めていく。
けれど、先っぽだけは、忘れた振りをする。
舌の真ん中くらいを使って、ざわざわと。じっくりと舐める。
男は、裏の筋に沿って舐められるのも好きだ。
だから、その辺りは舌先を細めて軽くなぞるようにする。
男は堪らない様子で身動ぎすると、上体を反らした。
それから数回、なぞったところで動きを止めてしまう。
ただ、男のものを見つめるだけだ。
先っぽからは、透明な液がじわっと滲み出ていた。
私は、この透明な滴を見るのが好きで、よくそうする。
なぜって、男が泣くところを見たことがないから。
そのせいか、この透明な液は男の涙のように見えるのだ。
それは、崇高なものに見えるし、とても愛しいものと感じられた。
その透明な液を舌先にちょっと付けてから、数センチだけ離れた。
ツーっと糸を引くみたいに、伸びていく。
私の舌に引き寄せられた糸は、粘りを含み、艶々として光っていて。
とても美しい。
何度か同じことを繰り返し、見つめた。
じっくりと時間をかけて見ていたせいで、男は焦れたのだろう。
猛りを口に押し付けてきた。
そこで私は、にっと笑ってみせた。
いいよ。そろそろちゃんとしてあげる、ね。
男のものを口に含み、涙を優しく舐めとる。さらにくびれた辺りを口唇で吸い付くようにして、先っぽの方を舌で攻めた。
舌だけではなく、手も男のものを包むようにして、全体を愛撫する。
男の喜ぶ裏のポイントも意識しながら。
だんだん早く。だけど、ていねいに、優しく。
ふっ、と男は息を吐き、両太腿の筋肉をぴくりと動かした。
感じているんだ、と思った。
私はちょっとだけ優位に立った気分になり、ちらりと男の顔を窺う。
眉を少しだけ寄せて、苦悶と恍惚の間を行ったり来たりしているような。
私の視線に気が付くと、苦笑してみせた。
「煽るなよ」と。
きゅっと口元を上げると、私の頭を引き寄せた。
そして、深く咥え込ませようと身体を前後に揺する。
鼻がつん、として、口の中がいっぱいになる。
頭の奥の方で「いいよ」と、男に言われたような気がした。
鼻にかかった艶っぽいため息が聞こえ、私の頭を掻き抱いた。
きっと高みが近いのだろう。
私は、男にスパートを仕掛けた。
もっと早く、もっと、もっと ――――。
男はつま先をくっと反らせると息を詰め、果てるのを躊躇うように強張らせた。手のひら越しには質量を増した男のものが、小刻みに震えるのを感じた。
もうすぐだ、と思った。
このまま受け止めたくて、私は男の腰に左手を回した。
強ばる男。
「駄目、だ」 と、拒否する声。
また逃げようとする。
いいの!
首を振って、抵抗を試みる。
なのに、
「駄目だ。美味しい、もの、じゃない」
耐えるように、声を絞り出す。
頷かない男に、私は飲み込もうと必死だ。
いやっ、放したくないもん!
口深く咥え込もうと激しく追い込んだ。
男の表情はもう見えない。
けれど、限界の様子。
食い縛って絶えようとしているのが、手に取るように分かった。
男のものが、一段と大きく膨らんだ感じがして。
あっ、と思った瞬間。
勢いよく、身体を後ろに押された。
口から離れていく男のものが見えた。
男は自分の手で扱くと、お風呂の壁に向け精を放った。
数回、孤を描くように飛ぶものを見つめた。
男は疲れたようなため息を吐くと、照れた笑みを浮かべた。
「ありがとう」
いつもの一言だった。
この一言で、行為の終わりを告げる。
そして、私の身体を丁寧に洗う。
時間をかけ、隅から隅まで綺麗に。
私の身体は、どんどんと熱くなってふわふわとした感覚になって。
もうちょっとして欲しい、というところで男はやめるのだ。
シャワーで泡を流すと、私の身体を抱き上げ、バスタブにそっと浸からせる。
私と男はそんな関係だ。
いつだったか、世の中の男と女の営みのことを教えてくれた。
その時、男は少しだけ辛そうな顔をして言った。
『口同士のキスは神聖なものだ。 栞の最愛の人のためにとっておくんだよ。 そして、交わるのも、たった一人だ。最愛の人のために大切にしなさい。わかったね』
それは、とても大切なことだという。
最愛の人。
それは目の前で微笑む男だと思っている。
だけど、そうは言わせてもらえない。
男には強い意志があるようだった。
男にとって、私は最愛の人ではない、と。
それを知って、酷く落ち込んだ。
落胆している私を見た男は、いつもより強く抱き締めてくれた。
とても温かい男の匂いがした。
うっとりと目を閉じると、頬に一筋、温かなものが伝った。
(2008/04/01)