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 一章 3.     by 栞

「栞。今日も綺麗だ」
 バスルームで向かい合って立つ。
 私を見る男の瞳は、熱に浮かされたみたいに熱い。
 その言葉と、熱い瞳に、身体の力がすっーと抜けていく。
 途端に、肌寒さを感じて、ぶるりと震えが走った。
 寒さに震えた私を知ってか、男の手からは少しだけ熱めのシャワーがかけられた。
 熱いくらいが、気持ちいい……。
 室内に熱い湯気が立ち込めて、だんだんと温かくなっていった。
 全身が温まったところで、視線を下げると、男のものが変化して見えた。なんとなく気になって、見つめてしまう。
 首をもたげる様子は、まるで私を誘っているようなのだ。
 むくむくっと、私の中の悪戯心が膨らんでいった。
 膝をつくと男の両足の間にちゅっとキスを落とした。
 初めは性的な意味合いのない、軽いキス。
「栞、駄目だ。まだ洗っていない」
 男は少しだけ後ろに下がる。
 駄目、と言われると、もっとしたくなる。ねぇ、そういうものでしょ?
 私は口を尖らせて、抗議するように男のものを睨みつけた。
 男は余裕のある顔で笑うと、私の頭を押しやった。
 ボディーソープをたっぷりとつけ、擦るようにゆっくりゆっくりと時間をかける。泡に包まれたものはちらちらと見え隠れして、私をそそる。
 焦らされている。そう思った。
 男はこんな時、焦らすのがとてもうまいのだ。
 その間、私は男のものに釘付けになってしまう。
 男は泡をきれいに洗い流すと、勿体ぶって、くいっと持ち上げた。
「してくれるかな?」
 男はおどけた顔で笑った。
 期待を込めた瞳が、私を見つめる。
 その視線に、私の身体はさらに熱くなる。
 返事をする代わりに、角度のついた男のものに口を付けた。
 場所を点々と変えながら、キスを落とす。
 まるで私は、おもちゃを与えられた子供みたいだ。
 ちゅっ、ちゅ、と水音が響くと、それにつられてだんだんと高揚していく。

 今度は、私が男を焦らす番だ。
 ねっとり、と舌を這わす。一番感じる部分を残すように、行ったり来たり。付け根からくびれにかけ、ゆっくりと優しく舐めていく。
 けれど、先っぽだけは、忘れた振りをする。
 舌の真ん中くらいを使って、ざわざわと。じっくりと舐める。
 男は、裏の筋に沿って舐められるのも好きだ。
 だから、その辺りは舌先を細めて軽くなぞるようにする。
  男は堪らない様子で身動ぎすると、上体を反らした。
 それから数回、なぞったところで動きを止めてしまう。
 ただ、男のものを見つめるだけだ。
 先っぽからは、透明な液がじわっと滲み出ていた。
 私は、この透明な滴を見るのが好きで、よくそうする。
 なぜって、男が泣くところを見たことがないから。
 そのせいか、この透明な液は男の涙のように見えるのだ。
 それは、崇高なものに見えるし、とても愛しいものと感じられた。
 その透明な液を舌先にちょっと付けてから、数センチだけ離れた。
 ツーっと糸を引くみたいに、伸びていく。
 私の舌に引き寄せられた糸は、粘りを含み、艶々として光っていて。
 とても美しい。
 何度か同じことを繰り返し、見つめた。
 じっくりと時間をかけて見ていたせいで、男は焦れたのだろう。
 猛りを口に押し付けてきた。
 そこで私は、にっと笑ってみせた。
 いいよ。そろそろちゃんとしてあげる、ね。
 男のものを口に含み、涙を優しく舐めとる。さらにくびれた辺りを口唇で吸い付くようにして、先っぽの方を舌で攻めた。 
 舌だけではなく、手も男のものを包むようにして、全体を愛撫する。
 男の喜ぶ裏のポイントも意識しながら。
 だんだん早く。だけど、ていねいに、優しく。
 ふっ、と男は息を吐き、両太腿の筋肉をぴくりと動かした。
 感じているんだ、と思った。
 私はちょっとだけ優位に立った気分になり、ちらりと男の顔を窺う。
 眉を少しだけ寄せて、苦悶と恍惚の間を行ったり来たりしているような。
 私の視線に気が付くと、苦笑してみせた。
 「煽るなよ」と。
 きゅっと口元を上げると、私の頭を引き寄せた。
 そして、深く咥え込ませようと身体を前後に揺する。
 鼻がつん、として、口の中がいっぱいになる。
 頭の奥の方で「いいよ」と、男に言われたような気がした。
 鼻にかかった艶っぽいため息が聞こえ、私の頭を掻き抱いた。
 きっと高みが近いのだろう。
 私は、男にスパートを仕掛けた。
 もっと早く、もっと、もっと ――――。
 男はつま先をくっと反らせると息を詰め、果てるのを躊躇うように強張らせた。手のひら越しには質量を増した男のものが、小刻みに震えるのを感じた。
 もうすぐだ、と思った。
 このまま受け止めたくて、私は男の腰に左手を回した。
 強ばる男。
 「駄目、だ」 と、拒否する声。
 また逃げようとする。
 いいの!
 首を振って、抵抗を試みる。
 なのに、
「駄目だ。美味しい、もの、じゃない」
 耐えるように、声を絞り出す。
 頷かない男に、私は飲み込もうと必死だ。
 いやっ、放したくないもん!
 口深く咥え込もうと激しく追い込んだ。
 男の表情はもう見えない。
 けれど、限界の様子。
 食い縛って絶えようとしているのが、手に取るように分かった。
 男のものが、一段と大きく膨らんだ感じがして。
 あっ、と思った瞬間。
 勢いよく、身体を後ろに押された。
 口から離れていく男のものが見えた。
 男は自分の手で扱くと、お風呂の壁に向け精を放った。
 数回、孤を描くように飛ぶものを見つめた。

 男は疲れたようなため息を吐くと、照れた笑みを浮かべた。
「ありがとう」
 いつもの一言だった。
 この一言で、行為の終わりを告げる。
 そして、私の身体を丁寧に洗う。
 時間をかけ、隅から隅まで綺麗に。
 私の身体は、どんどんと熱くなってふわふわとした感覚になって。
 もうちょっとして欲しい、というところで男はやめるのだ。
 シャワーで泡を流すと、私の身体を抱き上げ、バスタブにそっと浸からせる。
 私と男はそんな関係だ。
 いつだったか、世の中の男と女の営みのことを教えてくれた。
 その時、男は少しだけ辛そうな顔をして言った。
『口同士のキスは神聖なものだ。 栞の最愛の人のためにとっておくんだよ。 そして、交わるのも、たった一人だ。最愛の人のために大切にしなさい。わかったね』
 それは、とても大切なことだという。
 最愛の人。
 それは目の前で微笑む男だと思っている。
 だけど、そうは言わせてもらえない。
 男には強い意志があるようだった。
 男にとって、私は最愛の人ではない、と。
 それを知って、酷く落ち込んだ。
 落胆している私を見た男は、いつもより強く抱き締めてくれた。
 とても温かい男の匂いがした。
 うっとりと目を閉じると、頬に一筋、温かなものが伝った。

(2008/04/01)


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